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会報「乾坤(135号 1.8.2016発行)とびら

広報部会の お勧め3篇 (文中 敬称略)

01平成28年度
    東京ふすま会総会開催
5月21日(土)学士会館にて45名参加
理事会、総会、記念講演、懇親会が盛大に行われた。

よく晴れた新緑のこの日、山形時代のなつかしい顔にも会える東京ふすま会理事会・総会が、学士会館で45 名の参加で開催された。(中略)最後に、寮歌「嗚呼乾坤の」と学生歌「みどり樹に」、それに肩を組みながら寮歌「ひかり北地に」を歌い、森参治副会長の閉会の辞により散会した。
               29 回文乙(昭和24年修)新田 孝二

(1)新会長就任挨拶
総会で選任された三俣新会長が挨拶し、今後の課題、方針、決意等を表明した。
(前略)「小白川の学舎で学び、自然豊かで人情厚い山形の地で青春を過した会員相互の懇親を図り、学生生活を、山形の思い出を語り合い過ぎし日の青春を謳歌する集まりです」と書かれています。
このような爽やかで温かな同窓会に一歩ずつでも近づけて行きたいと思っています。
最後になりましたが、改めて皆様のご指導ご鞭撻をお願い申し上げ、就任のご挨拶と致します。
                文理16回(昭和43年卒)三俣壯一

(2)記念講演
理1回佐藤夏雄氏が「南極の自然と観測隊」と題して南極観測隊4回参加、夏冬隊長の経験談、オーロラやペンギン、アザラシ等について楽しく講演。
(前略) 最後に、南極観測に参加して実感したことをまとめてみますと、南極の自然は壮大であること、地球環境変動のシグナルを的確に捉える最適の地であること、自然の美しさと恐さが同居している地であること、越冬隊は社会の縮図であること、ガラス張りの人間関係であること、創意工夫・知恵の出し合いの尊さ、そして南極条約の下で国際平和協力の舞台である、ことなどです。
                  理1回(昭和46年卒)佐藤夏雄

(3)総会に参加して
@文理13回(昭和40年卒)佐藤輝和
(前略)昨年、文理13回文科の同期会で、50年ぶりに小白川キャンパスを訪れ、学寮跡の山高記念碑の前に立ったとき、自分の学寮での4年間の学生生活に想いを馳せ、ようやく自分とふすま会の繋がりの原点に帰って来た、という思いで感無量でした。

A理7回(昭和52年卒)高橋敏夫
(前略)しかし「ふすま同窓会は昭和27年山形高等学校同窓会と文理学部同窓会が合併し旧制高校と新制大学が一体化した全国でも例を見ない同窓会である」との言葉を思い出し、この伝統ある同窓会を維持・発展させるべく微力ながらも精一杯貢献すべきとの思いを強くしました。(後略)

02寄稿3題

(1)29回文甲(昭和24年修)安部富士男
第2回「支えられて生きる」
・若者を支えた大人たち
・仲間に支えられて
・東大俳句会の再建
(前略)子どもたちと遊んでいるうちに、幼い子といれば、その優しさに癒され、母に死なれた悲しさに耐えていけると感じるようになって、俳句研究のために文学部に進学するのではなく、幼児教育の勉強をするために教育学部に進学しました。当時は教養学部時代に学科選択が自由にできたのです。(後略)

(2)理1回(昭和46年卒)菊地信幸
「学寮」の思い出 4年間過ごした学寮での思い出を部屋、トイレ、暖房、ストーム、仲間、平清水の新寮等について記した。
(前略)写真は小白川にあった初代「学寮」の部屋の壁に書いてあった「作品」です。学寮を去るに当たりいつの日かこの部屋で青春を過ごした先輩と一杯酌み交わしたいなと思いつつ写真を撮りました。私も仕事・家庭等々に追われ半分忘れていましたが最近写真を見つけました。同じ部屋で過ごした先輩方々が今でも元気にしていることを祈りつつ投稿させてもらいました。(後略)
*「作品」とは壁に書いた「らくがき」のことです。

(3)人文3回(昭和48年卒)五十嵐京子
山大時代の思い出
学生時代の世相、アパート生活、学生運動、心の葛藤等の思い出を綴った一遍です。
(前略)色々なことがあったこれまでの人生の中での山形時代4年間は、私にとっては田舎の子供時代から大人として自立するための様々な体験をすることができた貴重な4年間だったと思います。一人になって色んなことを考えたことも思い出しますし、それまで経験をしたことがなかったことを色々体験することができました。一人で生きるための心構えというか、覚悟を決めるための4年間。すぐ東京にでてくるよりも半分田舎の山形での時間は子供からの脱皮の期間だったと思います。(後略)
03乾坤あーかいぶす
2回文乙(大正13年卒)山崎 巌
昔は好かった
幾十年振り(昭和32年頃か)に母校旧制山形高校を訪れ、また山形市内をタクシーで廻りながら山高の思い出や町並みの変化などを綴った一篇です
(乾坤第3号より転載)
(前略)辿りついて見ると懐かしや、校門、校舎は古色蒼然としているものの、そこに在る。鳥海フスマの徽章をつけた校門は私の三年卒業間際に建ったものでその前に坦坦として、テーディマン、ストラーセが桑畑の中を走っていたものだ。私は校門に手をかけ「オイ来たぞ」と言い乍ら暫く立ち尽した。
(後略)