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会報「乾坤(131号 27.3.31発行)とびら

広報部会の お勧め5篇 (文中 敬称略)

01平成27年新年賀詞交歓会
    人文・理卒も参加し盛大に開催される
(前略)乾杯は風戸正巳さん(25回理乙)がなされた。乾杯の挨拶の中で、風戸さんは、「嗚呼乾坤の」の歌詞にあるとおり、四方を名山に囲まれた美しい山形の自然が実になつかしいと述べられた。(後略)
                29回(昭和24年修)新田孝二 記


 (1)会長年頭挨拶95年記念祭への参加要請と会    の現況を報告
(前略)大正9年山形高等学校が開校してから95年、綿綿と続いたふすま同窓会の記念の年に、青春時代を送った山形の地に赴き、小白川の学舎を訪ね、数々の想い出に耽ることが出来る格好な機会ですので皆様誘い合って大挙して参加して頂きたいと思います。(後略)
                 文理7回(昭和34年卒)高橋正光

 (2)記念講演 横尾幸雄氏”「バロック音楽」につて   ”を講演 バロック音楽とは、バロック時代の代   表的音楽家について解説をし著書を紹介
(前略)日本で言えば関ヶ原の戦いから第 8代将軍の徳川吉宗時代に相当する、いわゆる大バッハ等が活躍していた時代( 1600〜1750)の音楽であるが、大まかにそれ以前のルネサンス・中世及び古代も含められている。最近では「古楽」と称されている。(後略)
             文理10回(昭和37年卒)横尾幸雄 記

 (3)賀詞交歓会に参加して

             文理16回(昭和43年卒)嶋 和範 記

             文理16回(昭和43年卒)原田康司 記

[2]「山大の集い」記念講演
  山大理事・副学長阿部宏慈教授 山大で映画を教えるということ〜”映像学”と映画祭と題して講演された
(前略)この映画祭、はじまりは山形市市政百周年記念行事。アジアでははじめてのドキュメンタリーに特化した映画祭として出発しました。同時に始まった東京国際映画祭などと並んで、上映作品の充実、妥協ないセレクション、さらには国内外の映画作家や映画人とじかに交流できるという楽しみもあって、高い評価を得ることができました。(後略)

02山大OB・OGセミナー5学部合同同窓会が
   過去最多の117名参加して開催


地域教育文化学部渡辺修身准教授が「クラシック音楽の楽しみ方〜モーツアルトのオペラを中心に〜」と基盤教育院荒木志伸准教授が「史跡調査から見えてきた山形の歴史〜山寺・慈恩寺・出羽三山〜」と題して講演、懇親会も盛会だった。
             文理16回(昭和43年卒)稲村英夫 記

山大OB・OGセミナーに参加して
              理18回(昭和63年卒)齋藤 彰 記
03乾坤あーかいぶす(第8回)
朝井一男氏(7回理甲昭和4年卒)の「チョウカイフスマの学名と校章」(乾坤21号昭和51年9月発行から転載)です。
(前略)この旧山高の校章の図案については周知のことと思っていたが案外質問も出たので蛇足を加える。図案は草を真上から見たもので中心の円は茎頂の花のつぼみであって五弁の花を開いたとき一つの花弁が上となるべき図柄だからYの如く縦線が下になるのが正しい。(後略)
04寄稿
   

(1)心に染み入った高橋新校長の話
             28回文乙(昭和25年卒)四ツ谷寿敏
(前略)「いまこの国は混迷のさ中にあるが、私たち学徒は、いたずらに右顧左眄することなく何が『真理』なのかを探求しつつ謙虚にかつ的確に学ぶことが求められているのです。この時代に青春の日々を送る諸君は滾る情熱を、新しい国を築いていくために、学び、行動をすべく求められている、その只中にあると思います。 私も一学徒として諸君とともに語り合い、その険しい道のりを求めていきたいと心しております。誰もが経験したことのない青春の日々を築いて下さい」
(後略)

(2)山形大学に入って良かった。
               文理6回(昭和33年卒)兼本静子
(前略)門限厳しい女子寮『紫苑寮』美しい紫苑が裏庭一面に咲く。男子禁制、教育学部の寮で文理女子数名同居させて頂く。文理講堂で度々催されたダンスパーティの夕方は北辰寮から多勢迎えが来て小白川迄エスコート。心踊る楽しい時ではあった。教育学部の北辰寮とは良く交流あり、有志で社会見学等、警察署、裁判所、刑務所(そう行った!今にして驚く)種々企画、手続き等してくれて引率して貰う。
蔵王にも登ったり、彼等は常に紳士的で親切であった。
(後略)

(3)「学寮の思い出」あれこれ
              文理16回(昭和43年卒)後藤雍正
(前略)話を戻す。寮生の目的は味噌汁にあった。というのも、他の献立が貧弱な中で、味噌汁だけはうまく、ボリュームがあった。味噌汁は、各自がバケツから柄杓でドンブリに掬うのであるから早い者勝ち。具が野菜や豆腐などの時には、文字通り山盛りに盛って、こぼれぬようにソロリ、ソロリと席へ運んで行く。後れた者は文字通り残った汁だけを綴る破目になる。それゆえ、我々は先を争って食堂へ、バケツの前へと走ったのである。
(後略)

05同級会、同期会
(1)年末の山翆会
            27回文乙(昭和24年卒)板井道生 記

(2)28回文・理合同同期会
            28回文乙(昭和25年卒)森 参治 記

(3)りじん会忘年旅行
              理2回(昭和47年卒)伊藤英孝 記

※ 会員だより  25名の近況掲載